現役教師が小学生の子ども達に毎日送るハッピー黒板

2013年2月〜2014年2月 世界の孤児院や学校を周りながら世界一周。 その後 講演家として1年間で50回、のべ4000人に向けて想いを伝えていました。 その傍ら「夢塾」という塾を立ち上げ 1年間で6校開校。 そんな現役教師が小学生の子ども達に 毎日送るハッピー黒板

自由と責任の「責任」とは?自由な人になるために負うべき責任を子どもに伝える


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前回の記事は、「自由席替え」を通して

子供に「自由」な人でいることの大切さを伝えたという話をしました。

 

 

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やってみた結果、子供たちは

 

 

最初は楽しそうに行っていたものの

 

 

一部でもめ

 

 

もう決まって座っている子は

 

 

我関せず。

 

 

 

一部の人は本音を言えず

一部は主張を続ける。

 

 

 

 

泣き出す子も出てきて

 

 

自分たちで決めた20分の時間が過ぎ

 

 

最終的には50分丸々使う結果になってしまいましたが

 

 

それでも決まらず。

 

 

 

次の日の朝

 

 

子供たちが登校する前に

 

 

子供たちの机上に、プリントを配りました。

 

 

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その内容がこちら

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自由と責任の「責任」とは

手に入れた自由を守りきる責任のこと

 

 自由には必ず責任が伴う。

 

 

それはみんな分かっていることです。

 

しかし、勘違いして欲しくないのは

 

 

 

「〇〇を自由にしていい、その代りに△△を守りなさい」

 

というのは、少し違うのではないかなと思うのです。

 

それは、自由を手にいれる代りに不自由が手にはいるようなものです。

 

 

 

 

大切なのは、

 

 

手に入れた自由を守りきるために

 

できる限り

力を出すことです。 

 

 

だから「自由」とは一番難しい。

でも、一番楽しい。

 

 

 

 

 

自由を守るためには

相当な覚悟が必要なのです。

 

 

それはなぜか。

 

 

それは

 

 

人は一人で生きていないからです。

 

 

無人島で生活している人であれば

 

 

「自由」とは「個人の自由」です。

 

 

 

しかし、学校、社会で生活する上での自由は

 

 

「自分」

 

そして

 

 

「相手」

 

が必ず存在します。

 

 

 

 

今回の席替えを例にとって簡単にお話しすると

 

 

 

プリントにも書いてありますが

 

 

 

 

「自分がAの席に座りたい」という意見と

「友達もAの席に座りたい」という意見がぶつかることがあります。

 

 

 

その時

①自分の意見だけ押し通す

すると「相手」の自由を守ることになりません。

 

②相手の意見に従う

すると「自分」の自由を守ることになりません。

 

③お互い意見を言い合う

するとお互いの自由がぶつかり、話は平行線、もしくは戦争です。

 

 

 

だから、

自分の意見を押し通すことも

自分の意見があっても言わないのも

 

どちらも自由を守ることにはならないのです。

 

 

 

そのために必要なのが

 

「いやな思いをしたとしても、相手にさせたとしても、しっかりと自分の意見を伝える」勇気

 

 

「自分と意見が違ったとしても、相手の意見を尊重する」広い心

 

 

 

 

 

 

 

そして、次の日

 

 

子供達から

 

 

「もう一度みんなで話をさせて欲しい。次は20分で大丈夫」

 

 

そうやって提案がありました。

 

 

正直、授業時間が少なくなっていたので、どうしようかと思いましたが

 

 

 

次は必ず20分という条件のもとOKをしました。

 

 

 

すると

 

 

きっちり20分。

 

 

円満解決

 

 

 

昨日のあのカオスな、負のオーラが満ちていた後半30分はなんだったのか(笑)

 

だったら、先にこのプリントを配ればよかったのか。

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多分、最初にこれを配ってもここまでいい感じに解決はしなかったでしょう。

 

 

これは、子供達が一度「自由」の大変さと凄さを経験したからこそ

 

伝えられたことだと思っています。

 

もめていた席はお互い腹を割って話をし、解決をしたようでした。

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

実は、この席がえには続きがあります。

 

20分で終わる予定が

 

最終的に50分オーバーで終わり

 

わたし的には「いい勉強になったし、授業は少しずつ詰めてやろか」と思っていましたが

 

 

子供たちから

 

 

「先生。多分中には、授業したかった人もいると思うし、先生との約束も20分だったし、使っちゃった50分をどうするか話し合いたい」という提案がありました。

 

 

そして

 

 

「宿題を少しずつ多めにする」

「朝の読書の時間と、休み時間を何回か授業に充てる」

 

という方法を子供達から考え、提案がありました。

 

 

 

先生の「授業をしたい」という自由

クラス全体の「勉強をしたい」という自由

まで考えて行動する子供たちに成長を感じた出来事でした。